あ、ミュートしてもブロックしても全然いいよ

近しい人の意見やアドバイス

心配の声とかなんとかほど

気を付けなきゃいけない

時には耳を閉じなければいけない

 

その人たちは

「ぼくが他人に嫌われること」を

何より恐れる

世間からはみ出て

孤独になって

いま好きで居てくれる人が

離れていくのではないかと恐れる

 

「普通であること」を

何より願う

普通に生きていきたいなら

それは最重要事項にも

入ってくることかもしれない

けど

 

芸術、

アート、

表現をやる人間、ぼくらにとって

「嫌われることを心配する声」は

まさしく猛毒だ

 

 

ぼくらは

はみ出てナンボなんだ

人と違わないと埋もれる

人と同じだとあらゆる意味で死んでしまう

 

「好きなことを仕事にする」のは

そういうことなんだ

「他人から嫌われないこと」

を気にしていたら

本当に好きなことを発信するなんて

出来るわけないやろ?

 

「好きなことをやるからこそ味方が要る」

それも聞き飽きた正論だよな

 

でもぼくはもう分かったんだよ

 

ぼくのことを

「嫌いじゃない」

程度の仲間は

これまでも大勢いた

 

でもきっとその人たちは

本当の意味では「味方」じゃない

味方ってのは、

嫌いじゃない

程度じゃなれないんだよ

 

ぼくも

嫌いじゃない

程度の人に対して

その人が困ってる時に積極的に

手を差し伸べるかというと

微妙、、と言わざるをえない

 

愛されなければ

大勢に

そう考え続けてきた人生

 

その答えは実は真逆だったと思う

嫌われなければいけなかった

邪悪で卑劣で醜悪な

自分の本質をさらけ出してでも

ぼくが大事にしたい人やモノと

本気のコミュニケーションを

しなければならなかった

それが現時点での結論だ

 

大好きな人やモノほど

大嫌いな部分を

憎らしい部分を

内包してるんだ

本気でぶつかり合うことが

本当に愛することか

まだよくわからないけれど

今のぼくにはそれしか出来ない

きっと今までもずっとそうだったのだ

人生の中で本気でケンカをしたのは

大切で大切でたまらない人とだけだ

 

 

何度も書くけれど

このブログに書き散らしてる

クソみたいな言葉どもは

紛れもなくぼくの本質だ

これでも、ホンマに書いたらあかんことは弁えてるし、よそ行きにしてる方だよ笑

 

これを読んで誰かに嫌われるなら

「何で嫌なやつだ」と思われるなら

別にそれはそれでいいんだよ

ほんの少しの人でも

「よく言ってくれた」って

思う人が居たら

そっちを大事にしたいし

それに

ぶっちゃけ

「好きでも嫌いでもない」

限りなく無関心に近い状態より

嫌われてる方がまだマシだよ

 

だってさー

ぼくを嫌う人って

その間ぼくのことすげー考えてるやん

嬉しいよ笑

 

それに

そーゆー人って

ぼくが結果出したら

手のひら返すんだよ

 

いますこーしずつ

SNSでもクソな自分を

解禁してるけどさ

嫌われる人数より

興味持ってくる人数の方が

多いよ

たぶんこんな奴でも

YouTubeの登録者もうすぐ1万だし

 

「結果を出してる人の、はみ出してる部分」

ってのは

価値あるものに一瞬で変わる

 

「この人キモい」

から

「この人すごい」

に変わる

 

呆れた話だけどほんとそんなもんだ

だからさぁ

ぶっちゃけもう

嫌われても避けられても逃げられても

ぜんぜん構わない

 

本気には本気が返ってくる

それだけを信じて

ただ、本気で在ろう

 

 

「嫌われることを心配する声」は

まさしく猛毒だ

と書いたけれど

実は、大ヒントでもある

 

ぼくらははみ出てナンボだから

普通の人が心配することこそ

ぼくらにとっては王道だ

なーに

犯罪さえしなきゃいいよ

周りが止める時ほど

水を得た魚のように

好きに思うままに進もうよ